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ナイチンゲール看護研究所
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“衛生改革者”としてのナイチンゲール

 クリミアから帰還後のナイチンゲールの著作を紐解きますと、随所に当時の英国の、とりわけ都市部における生活環境が、いかに不潔で不衛生きわまるものであったか、またそれによる国民(特に貧困階層)の死亡率が、いかに高かったかを指摘した文書に出会います。

 そしてナイチンゲールの後半生の仕事の大半は、不衛生で不健康な生活環境に対する国民の意識を改善し、具体的な衛生対策を提言し、それを政府や議会を通して具体的に実現させる……、という課題に費やされていました。彼女は問題点の発見においても、解決のための施策の案出においても、さらには政府や議会を動かして実現に持ち込むことにおいても、まさに実力ある“衛生改革者”の一人であったのです。

 19世紀という時代においては、国民の死亡原因の第一位は「感染症」によるものでしたしかもその死亡率は生半可な数値ではなかったのです。コッホによって結核菌が発見され、感染症には必ずそれを発症させる病原菌が存在することが証明されて、予防というテーマが形をなすようになるのですが、それらはすべて1882年以降のことです。

 1880年代以前にあって、ナイチンゲールは終始一貫して「感染症は予防できる」と主張していました。そのためには清潔で健康的な生活環境と、健康的な暮らしの営みが不可欠であると説いたのです。現代ではごく当たり前になっている発想が、当時の一般の人々の間では、まだ浸透していませんでしたから、ナイチンゲールは、この国民が信じて疑わない古い風習や古い思想と、真っ向から戦わなければなりませんでした。
 
 
 ……すべての病気は、その経過のどの時期をとっても、程度の差こそあれ、その性質は回復過程[reparative process]であって、必ずしも苦痛をともなうものではないのである。
 つまり病気とは、毒されたり[poisoning]衰えたり[decay]する過程を、癒そうとする自然の努力の現れであり、それは何週間も何ヶ月も、ときには何年も以前から気づかれずに始まっていて、このように進んできた以前からの過程の、そのときどきの結果として表れたのが病気という現象なのである。


 これは、ナイチンゲールが病気のとらえ方として表現した『看護覚え書』の序章の文章ですが、ナイチンゲールはこの文章を書いた1860年には、すでに「潜伏期」という発想を持っていたことが読み取れます。人体内部の環境が健康であれば、つまり免疫力(生命力)が横溢していて病気を発症させない状態にあれば、症状は出ないという考え方に通じる思考を持っていたのです。これは当時の感染症に対する一般論と比較してみれば、きわめて卓抜した見解であると言えるでしょう。そしてナイチンゲールはこの思考を出発点として、あらゆる病気という現象を見つめていったのでした。

 ナイチンゲールは、「感染」は空気の汚れから起こるものであり、「感染」は予防することができるものであるという、強い信念を持っていました。当時、この発想は科学的な知見を無視した「無知な見解」として槍玉にあげられるのですが、各種の病原菌が発見され、それに対応するワクチンが開発されて、多くの感染症を予防できる今日の知見に立って振り返ってみれば、ナイチンゲールのこの見解は無知どころか、正論としての地位を保持するものであることは、異議のないところでしょう。

  ここで、ナイチンゲールの『感染防止策』をまとめてみます。

 a:開け放した窓から、新鮮な空気を取り入れること
 b:部屋の清潔を保つこと
 c:陽光を取り込むこと
 d:ひとつ屋根のもとに、多数の病人を密集させないこと
 e:室温を下げないこと(寒がらせないこと)
 f:病院が本来の機能を発揮し、感染を防止するためには、病院の構造や立地条件などを
   考慮すること。

 実に単純明快でわかりやすい内容ですが、人類の多くが長年にわたり苦しめられてきた感染症の実態を見つめてみますと、その根っこにあるものは、不潔や貧困と無知であることに思い至ります。それゆえに、ナイチンゲールの指摘は実に的を射たものであり、時と場所を超えて実践していかなければならない、普遍的な見解であると納得できるのです。


 
              
   

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